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2004.05.19

悲惨な戦い

 先日、M師匠からもらったマットジャイロを、職場に持ってきた。

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 やっぱりマットジャイロは美しい。リアルタイムで帰ってきたウルトラマンを見ていた頃から、マットの乗り物の中ではマットジャイロが一番好きだった。
 どこらへんが好きなのか、と問われると返事に困るが、あえて言えばそのドッシリとしたフォルムと、そこから想像されるゆったりとした動きか。平たく言うと、「空飛ぶ戦車みたいでカッコいい」という事だ。
 そんなマットジャイロについて、強烈な思い出がある。

 子供の頃、おもちゃなんてめったに買ってもらえる家ではなかった。だからマット基地のプラモデルを買ってもらったときは、本当にうれしかった。それについてくるマットアロー一号二号、それにマットジャイロは、私のハートをガッチリ鷲掴み状態だった。
 ろくに色も塗らぬ素組みのマット基地とジャイロで、日がな一日遊び暮らしたものだった。

 そんなある日、静岡から親戚がやってきた。
 その頃、父方の伯父が高波にさらわれて行方不明になった。夜釣りに出かけて、事故にあったらしい。訪ねてきた親戚もまた、その時一緒に一家の大黒柱を奪われたのだった。もっとも、自分がそれを知ったのはずっと後になってからの事だったが。

 やってきたのは小母さんと男の子が二人。子供は子供同士という事になり、私は早速マット基地を披露した。今思えば、彼らにその豪華なおもちゃを自慢したかったのだろう。
 帰ってきたウルトラマンという番組はもう終わっていたが、それでもそのおもちゃはその子達の心をひきつけるに十分な魅力があったようだ。

 遊びに来ているお兄ちゃんの方が、マットジャイロを気にいってしまった。当然ながら自分もそれで遊びたかったが、親に「貸してあげなさい」と言われ、渋々それを明け渡した。
 そして二番目にお気に入りの、マットアロー二号を手にとった。弟の方は、世間一般で一番カッコいいとされているマットアロー一号が自分の分になったので、喜んでいた。

 しばらくはみんな、仲良く遊んでいた。それぞれがマットアローやジャイロを手にもち、「キーン!」だの「どばばばばぁあん!」だのと言いながら飛ばす真似をする。実に他愛のない遊びではあるが、子供はそれで夢中になれる。目に映るのは箪笥や畳かも知れないが、それは脳内でビル街や海底に変換されているのだ。

 突然、兄が驚くべき事を言い放った。

「これ、気に入った。もらっていく」

 最初、彼が何を言っているのか理解出来なかった。他人様の家にあるおもちゃを「もらっていく」などと言う神経が、信じられなかった。もし自分がそんな事を言おうものなら、親に張り飛ばされるに決まっている。
 それに、他のものならともかく、マットジャイロである。これだけは、ダメだ。
 私は必死になった。

「ダメだよ」
「いや。もらっていく」
「やめてよ。じゃあ、マットアロー一号なら持って行っていいからさ」
「いや。これがいい。一号は弟のだから」

 なぜそこまで自分が我慢しなければならないのか。
 自分の気持ちを完全に無視されたことと、一番お気に入りのマットジャイロを何の理由もなく奪われるという事が、私の胸をしめつけた。
 私は、涙と泣き声を抑えることが出来なかった。

 別室にいた母と、親戚の小母さんが驚いてやってきた。
 何事かと聞く母に、兄の方が事情を説明していた。

「これもらうって言ったら、泣いた」

 それを聞いていた私は、これで大丈夫と思った。勝手に人のおもちゃを奪うなど、常識のある大人なら叱るに違いない。これでマットジャイロは守られる。
 ところが、事態は思わぬ方向に転がり始めた。

「欲しいって言ってるんだから、あげなさい!」

 なんと母は、向こうについた。この展開に、私は呆然とした。
 そして小母さんの方を見た。もう期待できるのはこの小母さんしかいなかった。もし逆の立場なら、母は私を叱るだろう。だから小母さんもこの兄を叱ってくれるはずだ。そう期待したのだが。

「ごめんね。堪忍してね」

 小母さんが言ったのは、ただそれだけ。彼女は自分の息子を、ただの一言も叱る事はなかった。
 そして、とどめの一撃が私を襲った。

「じゃ、これ俺のね」

 兄の最終判決に、今度こそ私は狂ったように泣き、わめき声を上げた。
 何をどう言っても泣きやまぬ私に手を焼いた母は、私を仕事中の父のところへ引っ張って行った。これはもう私にとっては絶望的な展開だった。父はいつだって無条件で、私の一番不利益になる選択をするのだ。
 その時もやはり、私は拳固で殴られた。
 そして、そこで記憶は飛んでいる。

 これだけインパクトのある事件だったのに、その後マットジャイロが持っていかれてしまったのかどうかについては、さっぱり覚えていない。もしかするとその事について、心の防衛本能が鍵をかけているのかもしれない。

 今でもマットジャイロを見ると、あの時の事を思い出す。
 もしもこのマットジャイロがなくなったら、多分ひっそりと枕をぬらすだろう。

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