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2005.01.11

Mr.インクレディブル

 そろそろ上映が終わりそうだということなので、以前から見たかったMr.インクレディブルを見た。例によって、ユナイテッドシネマとしまえんのレイトショーで1,200円である。

 ストーリーの構造は、スパイキッズやサンダーバードと同じ。もっとさかのぼれば、シュワルツネッガーのトゥルーライズと同じ、と言って良いだろう。ここらへん、彼らは「フォーマット」というものを非常に大事にするようだ。

 もちろんフォーマットはあくまでも器であり、そこに何を盛り付けるかは監督や脚本家次第。サンダーバードでは「少年が青年になる話」を盛り付けていたし、トゥルーライズでのそれは「家族の絆の再生」ではないかと思う。

 で、Mr.インクレディブルも「家族の絆」がテーマであるかのように言われてるっぽいんだが、どうも見た感触では違う気がする。これは大人キャラに関しては「喪失と再獲得の物語」であり、子供キャラについては「そこにあるのに見えなかったものに気づく物語」だったのではないだろうか。

 スーパーヒーローという立場、言い換えれば自己の存在理由そのものを奪われた大人たち。その状況に納得できないものもいれば、過去は忘れ去って現状に馴染もうとする者もいる。
 ストーリーの中で彼らは好き好んで、あるは巻き込まれて、かつての姿である「ヒーローという自分」を取り戻してゆく。そして周囲もまた、自分たちが自らの手で奪い取ってしまった「我らがヒーロー」をもう一度手に入れる。

 他と異なるがゆえに、それを封印することを強要される子供たち。「みんなと同じ」である事を絶えず求められ、それはすなわち「みんなとは違う自分」というものを否が応でも認識させられ、自ら異端という殻を被る。
 だが彼らがその力を求められ、自分自身の極限を測るかのように力を発揮するとき、自ら作り上げた異端という殻は打ち破られる。そこにあるのは、どうあろうと自分は自分であるという、自信。

 そんなことをつらつらと考えたりする数え年41歳のオッサンなのであった。

 もちろん、エンターテイメントとしても凄く良く出来ていると思う。ダッシュが初めて自分の力を本気で解放するシーンは鳥肌が立つほどだったし、インクレディブル婦人の特殊能力はヒューヒュー・ポーポーを思い出させる。しかも、どんな姿になっても(時には不気味に見えるほどの場合もあったというのに)、元に戻れば猛烈に色っぽい。私はこれほどセクシーなアニメキャラを見た事がない。
 それに比べるとMr.インクレディブルなんて、タダの丈夫な馬鹿力男。まぁ、打たれ強いというのはヒーローの必須条件だけどね。

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