それは隠し芸?
大晦日の雪が嘘のように元旦は良い天気、と思っていたら、夕方になって雪が降り出した。それも、自分の実家から女房の実家に移動しているときだけ降る、というかな~り気分の悪い時間配分で。今年は雨男から雪男に昇格、という事なのだろうか。そんなに毛深くはないんだがなぁ。
というわけで、元旦は例年通り女房の実家で一泊となった。一風呂浴びて自分の実家で飲んだ酒をぬき、寿司と蟹で飲み直しである。
BGVは例年だと筋肉番付なのだが、今年は珍しくフジテレビのスター隠し芸大会だった。リビングのチャンネル権は、お義父さんが握っているのである。実のところ、いつも隠し芸大会のほうを見たいと思っていただけに、今年の展開はありがたかった。
子供の頃の正月と言えば、元旦二日の晩は隠し芸を見るものと決まっていたため、どうにもこれを見ないと「正月が来た~」という気分になれない。
私にとって新春スター隠し芸大会とは、新年を迎える儀式の一つなのである。
もう一つの儀式は駅伝と12時間時代劇を変わるがわる見ながら酒を飲むことなのだが、こっちはすっかり廃れてしまった。
そんな懐かしさも混じった隠し芸大会だったが、昔と比べるとすっかり様変わりしてしまった。
昔は二日がかりだったが、もう何年も前から元旦の晩だけになってしまったのも、大きな変化の一つである。昔はのんびりしていたという事なのか。それとも視聴者を二日間引きつけておく程のコンテンツを用意するのが困難になった、ということなのか。
また、出し物の内容も変わった。昔は英語劇や中国語劇などが定番としてあったが、最近ではやらなくなってしまったようだ。そのかわりダンスやアクロバットのような、肉体派な演目が増えている。
それらの演目を、企画・練習の段階から収録し見せてしまう、というのもまた「時代の流れ」というやつなのだろうか。いわゆる「作りものではない、演者の本当の姿」というものをあなた方は見ているんですよ、という演出なのかもしれない。
それはそれで別に構わないんだが、その方向ばっかりだとやはり飽きてくる、というのが正直な感想だ。
たまにはキッチリと作りこまれた「芸」を見たいと思うのだ。
このままでは隠し芸大会ではなく、「新春スター・できるかな?」という違う番組になってしまいそうである。
失敗した様子もコミで流し、満点の連発で結局のところ、東西両軍の点差はわずか一点だった。
この手のTVでムキになる方が、おかしいのかも知れない。
だが、仮にも競いあうという形式をとっている番組でこういった「いかにも」な展開を見せていると、そのうち視聴者に見向きもされなくなるんじゃないかと心配になる。
来年は筋肉番付でも良いかと、そんな気分になった。
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