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2006.10.14

原田知世版「時をかける少女」

 先日アニメ版の時かけを見て以来、何故か心の中でずっと原田知世の「時をかける少女」が流れ続けている。アニメで流れてた曲は全然違うわけだから、何でそんなことになったのか全然判らない。
 ま、気になっちゃったものは仕方がないので見るっきゃないでしょう、という事でスカパーの放送を録画しておいたものを引っ張り出して見る事にした。
 実を言うと、通しで見るのは劇場公開時以来だから今回が二回目となる。録画したは良いが、全然見てなかったのである。

 いまさらネタバレもないだろうから、サクサクと。

 導入部のモノクロ画面を目にすると、あぁ大林作品を見てるんだなあという気分になる。
 そして劇場で見た時は気づかなかったが、スキー場で深町と和子が出会った瞬間に洗脳(?)が実行され、ケン・ソゴルはみんなのクラスメイト・深町として現代に入り込んでいく。
 その後、電車に乗り損ねるかもしれなかった云々というやりとりから、時間だけではなく場所も移動できる能力がある事が、そっと提示されている。

 見ていて意味不明だったのが、弓道部の練習で矢が的に的中する瞬間を見てしまうところ。矢を放つ前にそれが見えるのは、タイムリープ能力ではなくて予知能力なのではないだろうか。
 その直後、矢を放たずに練習を終えてしまうわけだから、このシーンが「ほんの数秒のタイムリープ」を表しているとも思えない。

 話が進んで深町君が正体を明かした時、和子は「深町との思い出だと思っていたものは実は、ゴローちゃんとの思い出だった」という事に気づく。
 にも関わらず、どうして和子はゴローちゃんではなく深町君にベタ惚れなんだ? 深町君との間にある本当の思い出って、崖から突き落とされたことと顔に墨を塗られたことぐらいではないか。
 おじさんには、さっぱり判らないよ。

 ラスト、デートのお誘い電話をかけてるらしい事から察するに、ゴローちゃんは和子一筋な青春を送っているらしい。
 怒れゴローちゃん、君は思い出と、本来だったら恋人になっていたかも知れない女性を乗っ取られたんだぞ。

 で、最後の歌。何しろ、これが脳裏に流れっぱなしになったから見たわけで、これをきっちり見ておかないと。
 劇場で見た時はこのエンディングに「勘弁してくれ」と思った。それが理由で今までも、再見の機会があっても見なかったのだった。
 ところが今回、見ていて特に抵抗を感じなかった。これは、さらに後で公開された「さびしんぼう」よりマシだからなのか、歳をとってこういった事に対して許容範囲が広がったからなのか。
 まあ悪くないじゃん、というのが今回の感想だった。

 そして意外な落とし穴。
 これは尾道三部作のど真ん中なわけで、これを見たら猛烈に他の二本も見たくなってしまったのだった。

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