2005.03.02

Firefox 導入

 PC切り替え機の導入によりサブ機の方も本格的に使うようになったので、こちらにもちゃんとしたブラウザを入れようという事になった。サブ機はWenMeなので、プリインストールされているIEのバージョンが5.xである。
 試しにと自分のココログとかを表示させると、左側のカレンダーの、土曜日の部分が欠けていたりする。
 これじゃいかんと思い、良い機会なので以前から興味のあった Firefox を入れることにした。

 インストールガイドのページ等を参考にダウンロードとインストールを行ったが、タブブラウザ機能はデフォルトで入っているみたい。インストールガイドのページには、改めてタブブラウザ機能を拡張機能のページからダウンロードする必要があるみたいに書いてあった気がするのだが、どうやら私の勘違いだったようだ。

 とりあえずデフォルトの状態で使い始めた。割と良い感じ。メインマシンで使っていたのがNetscapeの7.0なので、タブブラウザに慣れているせいもあるだろう。

 数日使ってみて、特に問題がないようだったらメインマシンにもインストールしよう。

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2005.03.01

玲 一文G

 メインマシンのグラフィックカードが死んだのを機に、二台のPCと一組のキーボード・マウス・ディスプレイを切り替え器でつないで使うことにした。
 ちなみに昨日までは、液晶ディスプレイにデジタルとアナログの2系統あるのを利用して、メインマシンはデジタル入力、サブマシンはアナログ入力に接続していた。ただキーボードとマウスはそれぞれのマシンに用意してあったため、いくらキーボードを叩いても画面に反映されず「あ、こっちじゃなかった」という事が度々あった。

 死んでしまったグラフィックカードの跡継ぎとして新しいのを買おうかとも考えたのだが、PCの切り替え器とデジタル出力を持ったグラフィックカードの安いやつとが似たような値段だったので、今回は切り替え器を選んだのだった。

 購入したのは、ラトックシステムのREX-210という角川の恐竜みたいな名前の製品で、ヨドバシカメラで5,000円弱だった。

 切り替えには、本体のボタンを押す方法の他にホットキーによる切り替えをサポートしている。だから、ケーブルを繋いだあとは手の届かないところにおいといても無問題である。

 ついでにという事で、貯まったポイントでオーディオセレクタも買った。2台のPCとラジオ付CDプレイヤー、それにMDプレイヤーを繋げて切り替えられるようになった。今までは、いちいちスピーカーのケーブルをそれぞれの機器に繋げ換えていたのである。

 これで書斎のPC周りは、早乙女研究所から新早乙女研究所ぐらいのパワーアップを図った事になる。
 という事は、死んでしまったグラフィックカードの戒名は「巴ムサシ」という事になるのか……。

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2005.02.24

素朴な疑問

 女房から、こんな質問をされた。

 「有名な台詞で『中の人などいない!』ってのがあるけど、原典が何なのか知ってる?」

 まず「中の人などいない!」という台詞が有名なのかどうか、という問題があるのだが、それはの時点では保留とする。そこから考え始めると、この話題が先に進まないからだ。
 何より私はこの台詞を知っている。それだけでも有名な台詞扱いをするには十分だと判断した。

 しかし改めてこう問われると、確かにどうして自分がこの台詞を知ることになったのか、についての正確な知識・記憶を持ち合わせていない。

 そんな話をしたところ、友人からこんなページを教えてもらった。

「中の人などいない! の歴史」

 どうやら私が初めて見たのは、吉田戦車の「感染るんです」に出てきた「下のかたなどいない!」という台詞だった様だ。
 だが「中の人」というキーワードを意識するようになったのは、おそらく2ちゃんねるではないかと思う。しかしそこでは中の人が「いない!」という事が問題なのではなく「大変だ」という事が問題なのであった。

 自分の脳内情報についてすら、あいまいな認識しか持ち合わせていないという事が良く判る話だった。

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2005.02.19

壁紙

 ここ数ヶ月、自宅PCの壁紙をWindowsに最初から付いてきたjpgファイルに設定していたのだが、やはりつまらない。
 という事で、コツコツと撮りためてきた二郎の写真で作った壁紙集に戻すことにした。

 撮った写真を画面のサイズに合わせて加工し、一つのディレクトリに全て放り込む。そしてkxという壁紙チェンジャーでランダムに変更させる。
 こうすれば、起動のたびに懐かしい思い出が画面いっぱいに広がるというわけだ。

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 ちなみにこれは要町にあるマルジと呼ばれる店のものである。

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2005.02.14

音撃戦士・UX50

 以前に書いたように、クリエのメモリースティックに気に入った曲を無差別に放り込んでシャッフルプレイで聴いている。さだまさしも林原めぐみもスターウォーズも中島みゆきもフラッシュダンスも風もイルカもトップガンもクリスタルキングも、みなごっちゃである。何が出てきても皆お気に入りの曲なので、無問題である。
 ただ一つ、それぞれの音量がバラバラである事を除けば。

 やはり元気な曲は大きな音で、頼りない曲は小さな音で記録されている傾向がある。そのため、トップガンの直後にさだまさしが出てきたりすると、よく聞き取れなかったりするのである。

 そんな悩みを持っていたのは私だけではないらしい。世の中にはそんな悩みを解決すべく、MP3Gainという便利なソフトがあるのだった。
 これはMP3ファイルを再エンコードなしに、音量だけ好きな状態に出来るというソフトである。かなり有名なソフトらしく、MP3Gainでググるとダウンロードできるサイトだけでなく使い方を説明してくれるサイトも見つけることが出来る。なので、ここでは詳細については割愛させていただく。
 
 このソフトのおかげで、音量の悩みは一気に解決である。
 おかげで、お風呂スピーカーにUX50を入れて入浴中に音楽を聴くときでも、音量の事を気にする必要がなくなったのがありがたい。

 今や本当に、寝るとき以外はいつもUX50と一緒の生活になってしまった。毎日一緒に風呂に入るなどという、ある意味女房より濃ゆい関係なのである。

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2005.02.13

不定期連載・我がニフティ人生(2)

 さて無事にニフティへのサインアップも済ませ、まずはフォーラムというものに入ろうという事になった。
 フォーラムというのは、各ジャンルごとに同好の志が集まって会議室という掲示板で意見交換をしたり特定のテーマで話し合いをしたり雑談をしたり、といった場のようなものである。ニフティ以外では「シグ」と呼ばれている商業ネットもあったらしい。

 ネット生活そのものを始めたばかりなのでまずは初心者向けの、という事で初心者フォーラムに入った。フォーラム名はFHELP。頭のFは全フォーラムに付く事になっているので、二文字目からがフォーラムの内容を表している。SFフォーラムはFSFだし、模型フォーラムならFMOKEIとなる。ではFGALは女の子が山盛り、というわけではないのがまた難しいところであるが。FGALについてはまた後日説明しようと思う。

 パソコン通信では、現在のWebブラウザで表示させてマウスでクリック、というインターフェイスとは違って、全てプロンプトに対してコマンドを打ち込むという方法をとる。フォーラムへは、GOコマンドというコマンドで入る。例えばFHELPに行くなら「GO FHELP」と打ち込むのである。すると画面に、フォーラムのトップメニューが表示される。「会議室」「データライブラリ」「お知らせ」「リアルタイム会議室」といったメニューが、それぞれに番号を付けて表示されており、その番号を入力すればそのサービスに入るという形になっている。
 慣れてくるとメニュー表示をオフにして、直接そのサービスのコマンドを打ち込むという技を使うようになる。これは当時のニフティが従量課金制でありなおかつ料金が青天井だったためである。

 他のネットも従量課金制ではあったが、例えば日経MIXなどは上限が一万円だったと記憶している。つまりどんなに使っても一万円を超えることはない、というわけである。もっとも、全サービスが使えたかどうかは不明である。
 そしてニフティは三分十円だったか一分十円だったか忘れたが、使えば使っただけ課金される仕組みだった。上限はない。だからメニューの表示を省略する事でアクセス時間を短くするというのは、当然の対策だったのである。

 その課金対策を更に勧めていくと、オートパイロットという仕組みを使うことにたどり着く。これはサーバへのコマンド入力を人間が手入力でやるのではなく、通信ソフトのマクロを使って実行させるのである。そうすれば人間より反応が早いから、決まったことだけをやらせるならより効率的にネットを巡回する事が出来る。
 こうして、より短いアクセス時間でより多い情報をダウンロードするのが、パソコン通信の賢い利用法だとされていた。
 この頃は現在のような、定額制で常時接続があたりまえの時代が来るなど、想像もしていなかった。

 前置きが長くなってしまった。
 FHELPに入会した私は、まずフォーラムのサービス中でメインとなる「会議室」に入った。
 「会議室」という名前ではあるが、今で言えば掲示板である。発言を書き込み、その発言に対してコメントをつけることが出来る。発言には発言者の登録名や時刻が一緒に表示される。
 会議室は当時は各フォーラムごとに最大で10個の会議室が持てるようになっていた。これは後日、20個に拡大されるようになる。

 登録名はフォーラムに入会する時に決める。複数のフォーラムに入るにしても登録名は統一するのが普通だった。この登録名は「ハンドルネーム」と呼ばれ、会員同士はこのハンドルで呼び合う。本来「ハンドル」だけで「名前」という意味が含まれているので、ハンドルネームというのは重複表現となるのだが、ニフティではこの呼び方が一般化されていたように記憶している。

 私はその当時「澪 一文・Vo\oV」というハンドルを使っていた。由来は数字の0123である。別に某引越し業者の回し者になりたいから、というわけではない。高校当時、学校の近くに「一二三薬局」というのがあり、これが「ひふみ薬局」である事を知って何となく使ってみたいと思っていたのだ。頭の0は、C言語プログラマは数を0からカウントするという習性に由来している。
 後ろの「Vo\oV」はバルタン星人を表している。環境によっては真ん中の「¥」が「\(バックスラッシュ)」に見えるかも知れない。
 
 初心者フォーラムには会議室の利用練習を兼ねた自己紹介会議室がある。早速その会議室に書き込みをした。
 こうして「澪 一文・Vo\oV」がネットワーク上にデビューしたのである。

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2005.02.01

不定期連載・我がニフティ人生(1)

 ニフティのパソコン通信サービスが、徐々に終了しつつある。なんだか寂しい。
 ニフティサーブは一時期、自分の人生のかなり重要な部分を占めていただけに、複雑な気分である。たとえ最近はほとんど訪れなくなっても、である。勝手な言い分だが、人の気持ちってのはそんなもんだろう。

 今から15年ぐらい前、冬のボーナスでモデムと通信ソフトを買ったのが私のネット生活の始まりだった。
 モデムはオムロン製で2400bps、MNPクラス5の性能を持った、当時としては一番良いランクのモデルだった。まだ9600のアクセスポイントがない時代である。
 通信ソフトはCCT98という、マクロ機能が強力と雑誌のレビューに載っていたものを選んだ。当時のパソコン通信は従量制課金がデフォルトで、今のような定額制のサービスはほとんどなかったと思う。なので通信費を極力安くあげるために、手作業でのアクセスではなくマクロによるオートパイロットでサッとつないでパッと切る、という方法が主流だったのだ。
 そのマクロも、マニュアルと首っ引きでシコシコと自作したものである。当然マクロとは言えプログラミングだから、デバッグが必要になる。そのために何度もアクセスを繰り返し、結局は通信費がかさんでしまったなんて事もあった。
 このマクロは後日、模型フォーラムのデータライブラリにアップしたのだが、今はどうなっているのだろうか。

 さてその当時のメジャーなパソコン通信サービスと言えば、日経MIX、PC-VAN、ASCII-NETがトップ3だったかと記憶している。これはその有名度とユーザ数からの話である。ニフティはまだ、四位以下だった。
 そのニフティをどうして自分が選んだのか、今となってはその理由が思い出せない。モデムか通信ソフトに、一時間分の無料クーポンでもついていたのかも知れない。

 近場のアクセスポイントを探し、通信ソフトに電話番号とモデムコマンドを設定し、いざアクセスすると文字化けでログインできない。電話代がかさむのであわてて回線を切り、モデムのマニュアルとにらめっこしながら通信ソフトに入れたATコマンドの設定を見直す。
 こんな事を繰り返しながらやっとまともに通信できるようになったときは、一人暮らしのアパートで誰にともなく「やった! ざまーみろ!」と叫んだものだった。

 そして入会手続きをオンラインで済ませ(当時はその段取りにも感動した)、まずは初心者フォーラムに入会する。
 ここで、通信費の節約などというお題目を吹き飛ばす「リアルタイム会議室」、通称RTというものにハマって行くのだが、その話についてはいずれまたの機会に。

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2005.01.13

ミクシィ中毒

 いやはや、聞いてはいたけど本当にミクシィがこれほどまでに「中毒性のあるもの」だとは思わなかった。「暇さえあれば」などという生易しいレベルではなく、「何かというと」ミクシィのチェックをしている自分がいる。こんなとき、仕事中にもWebにアクセスできる状況というのは、ありがたいやら困るやら。

 この感覚って、15年前にNifty-Serveに入会した頃の感覚に似ているような気がする。あの頃も、もう社会人二年目として大人の行動をしなきゃいけない年だと言う事は判っているつもりなのに、初めて知った世界に夢中になって毎晩夜遅くまでネットの中(ただしこの場合は、サーバの中)をウロウロしていた。
 今ではネット上のサーバーは24時間稼動が当然になっているが、あの当時は毎日午前三時になるとメンテナンスのためにサービスが停止された。だからRT(チャット)中毒の連中はみんな、Niftyがメンテで落ちるまでRTを続けていたものだった。

 単なるWeb上の掲示板とかでは、これほどの思い入れというものは抱かなかった。それは「自分は既にNiftyのような世界を知っているから、今さらネットワーク云々という世界におぼれるはずもない」という思いがあったからなのだが、こうやってまた改めてクローズドな世界に足を踏み入れてみると、何だ全然同じ行動してるじゃん、という感じ。

 決して自分はネットに醒めていたわけでもなければ、達観していたわけでもない。ましてや、大人になったというわけでは、全然なかったという事だ。

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2005.01.03

PDAと畳は新しい方が……?


 この正月に、数え年で四十一になった。知ってる人は知っている、バカボンのパパと同い年である。
 そんな良い年をしたオッサンが何と、来年から年金受給となる老母からお年玉をもらってしまった。いやはやなんとも、恥ずかしいやら有り難いやら。確か私の父が四十一の時には、母方の祖父に小遣いを渡していたような気がする。これが甲斐性の違いと言うものか。

 という忸怩(じくじ)たる思いも束の間、実家からの帰りに速攻で新宿のビックP館へ行き、以前から欲しかったクリエのUX50を買ったのであった。

 こうしてまとまった額が手にはいるとすぐに秋葉原かビックカメラに行ってしまうこの性格が直らない限り、若いおねぇちゃんとイケナイ遊びをするなんて事には縁がなさそうである。やはりこれも甲斐性の違い、というものだろうか。

 そんなわけで年末年始休みの最終日は、新兵器UX50の環境設定に勤しむことになった。

 これまで使っていたSJ33とはPalmOSのバージョンも違うしハードも随分と異なっている。そのままホットシンクしてしまうのはちょっと怖かったので、ソニーのサイトからPIMのデータだけ引き継げるツールをダウンロードした。
 使っていたアプリは、再度インストールをする。この方法だと完全に以前の環境を引き継げなかったりするが、システムがいったんクリーンな状態になるので、案外と気持ちが良かったりする。
 インストールしたアプリはおおよそ、こんな感じ。


・KsDatabook
・休日定義
・六曜定義
・Pook V2
・秋葉マップ
・CrsMemo
・お気軽囲碁対局
・PalmGOne
・EiWait
・K-TImer
・RD Style Calc
・TRAIN
・辞スパ
・DALauncher
・File Z
・MS Backup
・マイペディア

 改めてこうして数えてみると、随分色々と入れているものだと思う。今後もきっと、インストールする物は少しずつ増えていくのだろう。

 で、キーボード付きクリエの使い心地はというと、これがなかなか快適である。もともとHP100LXや200LXを使っていたので、親指タイピングは慣れている。しかも最近ではSJ33にキーボードを付けて使っていたぐらいだから、あの小さなキートップに比べると非常に使いやすくなっていると言って良い。

 これでスケジュール管理、文章入力、ブログ用のちょっとした撮影、音楽を聴くといった日常的なほとんどの事がクリエでこなせるようになった。
 あとはHDDレコーダーからの動画を入れこむ方法が確立出来れば、ほぼ完成である。

 移行完了記念ということで、ここ数年使ってきた歴代PDAの集合写真を撮ってみた。

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左からHP200LX、クリエSJ33、クリエUX50

 こんなに良くできたマシンを生産終了にしてしまい後継機も出さないとは、ソニーって案外と消費者にたいしてイヂワルなんじゃない?

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2004.12.28

ブログでクビになった男

 うちの業界にブログでクビになった人がいる、という話を教えてもらった。この話を教えてくれた友人は、私に「大丈夫ですか。仕事の話とか、うかつに書いちゃってませんか」と心配してくれていた。
 ここには基本的にオタクネタしか書かない(ダイエットだって立派なオタクネタである)ので、そんな心配は無用と答えておいたが。

 それにしても、Webで日記を公開している人の中で、どれぐらいの人が「業務上知り得た秘密」という奴を書いてるのだろう。
 かの有名な絶対サポセン黙示録など、正体ばれたらヤバいんじゃないのかと思うのだが、大丈夫なんだろうか。

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2004.09.25

携帯で動画三昧

 今日は久しぶりの囲碁教室である。ここのところ、アレコレと都合や体調が悪くて出席してなかったから、本当に久しぶりという気がする。でも対局表を見たら、実際は二回休んだだけだった。

 ここのところず~っと負け通しだったし碁を打つ事自体が久しぶりという事もあって、行くのはちょっと気が重かった。やっぱり対局で負けると、その週末は気分が沈むから。
 それでも今日は、根性を振り絞って棋院に向かった。今日を逃すとまた来月の第四土曜日まで対局できないのもあるが、今日は教室の友人たちに見せたいものがあったからだ。
 それがこれ。

PICT16960002.jpg

 携帯の機種変をしたのは先日お伝えした。実はこのV602SHはPCで作った動画が見られるという事を知ってアレコレと情報を漁り、ついにHDD+DVDレコーダーで録画したファイルをV602SH用の3GPファイルに変換することに成功したのだった。実際の作り方については、2ちゃんねる携帯・PHS板にある動画スレを参考にして欲しい。

 教室に入ってすぐにこの動画を友人たちに見せたところ、ヒジョーに受けた。そりゃそうだ、よりによってヒカルの碁だもの。受けないわけがない。
 皆の感嘆・賞賛の声を聞くだけで今日は、腹痛をこらえて出かけた甲斐があったというもの。ただ「だからここ最近、来なかったんだね~」と変な納得をしていた人がいたのは困ったけど。

 実のところこの602SHを買った直後に、TVが見られる402SHがもっと安く機種変できると知って、かなりへこんでいた。でも良く考えれば自分は地下鉄通勤だから、TVを見る機会はほとんどない。そして今こうしてHDD+DVDレコーダーで録画したファイルを手軽に持ち出せるとなれば、もう地下鉄は私の極楽AVルームである(変な意味ではないので念のため)。

 というわけで今、録画はしたけど見ていないファイルを片っ端から変換している最中である。まずは初代仮面ライダー、巷説百物語、あとは毎週録画で週末までに見られなかったものなど。
 一時はスカパーの番組を片っ端から録画しても見る暇がなく、これじゃ録画した番組の時間より余生のほうが短いと心配をしていたものだったが、これでどうやらその問題は解決しそうである。

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2004.06.29

PC移行作戦第一号

 秋葉から帰宅して一息入れて、三時半頃から女房のPCセットアップを開始する。
 まずは設置から。
 旧PCで使っていたCRTを息子の部屋に持ち込み、付け替える。その後、新PC本体と液晶ディスプレイをデスクに設置し、PCを起動。ライセンス条件の同意も済ませ、バックアップCD-Rの作成に進む。SOTECのPCはCD-Rが焼けるドライブのついているモデルの場合、リカバリディスクがついてこない。なので、まず最初にやるのがこのCD-R焼き作業になる。こうしてコストを削減して値段を下げているわけだから、文句を言うわけにもいかない。
 ここらへんまでは一本道なので、別に苦労もなく進行する。
 合計六枚のCD-Rを焼き、その合間に自分のPCに買ってきたDVD-R/RWドライブを装着する。まさに至福のひと時である。

 ドツボにはまるまでは。

 今までもそうだったが、実を言うと私には「女房のPCをメンテナンスすると必ずドツボにハマる」という法則がある。それをすっかり忘れていたのだった。

 まずウィルスチェックソフトのインストール後、パターンファイルが更新できなかったのがドツボの始まりだった。その後IEを立ち上げたが、SOTECのページが見れない。ネットワークの設定を調べると、DHCPであるはずなのにIPアドレスが192.168.0.Xになっていない。ルーターが自動的にその手のアドレスを付けるはずなのに、である。

 ネットワークの設定をアレコレと変更してもダメ。古いPCからNICを外して新PCに付けて見たけどダメ。旧PCを元通りにしてネットにつなぐと正常につながることから、ケーブルやNICの問題ではなさそうである。新PCのNICはオンボードらしく、取り外して旧PCに取り付けてテストするのは無理そうだ。
 ネットワークの状況を見ると、送信データは山盛りなのに受信データは0バイト。いったい何がどうなっているのか、さっぱり判らない。

 デバイスマネージャーからNICのプロパティを開き、詳細設定を見る。その中にネゴシエーションに関すると思われる項目があって、値がAUTOになっていた。これを試しに10M固定にしてみたところ、なぜか無事に接続できるようになった。
 どうやら、NICとルータの相性問題だったようだ。

 判ってしまえばどうという事もない問題なのだが、それは「判った後」だから言える話である。ま、トラブルシューティングなんてのは、そういうものなのだ。

 この時点でもう、夜10時近くだった。
 チャッチャと風呂に入り、飲んだビールの美味かった事。
 女房はPCが新しくなって「脳みそが新しくなった気分」だそうである。その気持ち、実に良く分かる。これだから新しいPCの購入は、やめられないのだ。

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DVD-Rドライブ購入大作戦・実行編

 今日は三ヶ月に一度の昭和大学病院の日。TDKR先生は今日もお休みな為、診察はすぐに終了。病院が終わればいよいよ、DVD-Rドライブ購入の旅に出発である。
  最後までビックカメラと秋葉原のどちらに行くか悩んだが、秋葉原でのリサーチ結果が気に入らなければ新宿のビックカメラに行けばよい、という事でまずは秋葉原に行くことにした。

 秋葉原駅に着いて見ると、電気街口につながる中央通路が大幅に様変わりしていて驚いた。
 昔の通路は狭かったものだが、今では出店を構える余裕があるほどの広さになっている。ちなみに今日の出店は鞄屋さん。プチ鞄好きな俺様としては、ちょっと心惹かれるものがあった。しかし今日の予算はかなりタイトな状況なので、ぐっと我慢する。

 さて実際に秋葉のショップを回り始めるが、なかなか、希望通りの値段と条件は揃わない。
 目をつけていた東芝の廉価版DVD-R/RWドライブならバルクで6,000円ぐらいと予想していたのだが、実際の秋葉はそんなに甘くなかった。だいたい、狙っていたそのドライブがない。
 ソフマップフェイスを覗くと、バルクで8,000円台、リテールならもっと値がはって12,000円台というところ。もちろん品物が狙っていた東芝のドライブと違っているので、その値段が割安なのかどうか判断が難しい。いずれにせよ、手持ちの予算で購入するのは厳しい状況だった。

 そろそろ秋葉での購入はあきらめようかと思っていた。秋葉めぐりはここで最後にしようと、ツクモに入った。そうしたら、割と希望通りの展開が期待できそうな品揃え。
 IOデータのDVD-R/RWとDVD+R/RWが使えるDVR-ABN4が85,000円、USB接続の3.5インチHDDケースが4,000円。両方合わせて、12,500円である。
 実を言うと今回の買い物では、このHDDケースも購入する必要があったという事が、購入条件を厳しくしていたのだった。

 女房の新PC移行作業をするにあたって、旧PCからのデータ移動をどうするか、が問題となった。この手の問題に関しては、USBケーブルやLANのケーブルで二台のPCを接続し、ドライブを共有状態にしてデータをコピーする、という方法がある。また、そういった作業を円滑に進めるための商品もあったりする。
 だが、めったにやらないPCの引越しのためにソフトを購入するのもアレだし、どうせなら古いHDDがジャンク箱にゴロゴロしてるので、それを有効活用したいと思っていた事も有り、このHDDケースを買おうと決めていたのだった。

 で、DVD-RドライブとHDDケース両方合わせてビックカメラでの予定価格が14,000円以上だから、こっちで買うことにした。
 もちろんドライブもHDDケースもリテール版だから、メーカー一年保障つき。というか、ツクモの店員さんに声をかけて一番最初に聞いたのが、「これ一年保障ですよね」だったりする。

 こうしてルンルンでおうちに帰ったが、すぐにドライブの換装作業にとりかかれるわけではなかった。
 我が家では、女房のPC移行大作戦が私を待ち構えていたのだった。

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2004.06.28

DVD-Rドライブ購入大作戦

 職場の友人に借りたDVD-RWを自分のPCで認識できなかったのと、レコーダーで録りためたDVD-RAMをオーサリングしてDVD-Rに焼きたい、という理由から、DVD-R/RWドライブの購入を検討する事にした。
 ビックカメラのネット通販では、バッファローのDVD-Rドライブが一番安い。DVD+R/+RWは書き込めないようだが、自分の用途では-R/-RWが使えれば問題ない。
 でもってその製品に使われているのが東芝製ドライブで、こっちの型番で検索するとバルクで6,000円ぐらいらしい。ところが2chにその東芝製ドライブのスレがあって、それを読むと何か壊れやすいって評判があってガクガクブルブル。
 この手の機械類を購入する時、どうしても「自分が持ち合わせている機械運の悪さ」というパラメータを無視できない。それは、過去の経験から来る「不安」が拭い去れないからだ。

 初めてPCを買った時に3.5インチの外付けFDDを買ったが、あっと言う間にディスクを読まなくなった。
 そのとき一緒に購入したプリンターはプリント時の文字化けが酷く、同じファイルを複数印刷してもその出力結果はすべて異なっていた。
 これからはモバイルPCだ(当事は「モービル」と言っていたか)と気合を入れて購入したエプソンのPC486PTは、36回の分割払いが終了する前に起動しなくなった。
 やっぱ年賀状はカラーじゃなきゃね、と購入したカラーインクジェットプリンターは、元旦の夜とつぜんヘッドが動かなくなった。その年、もらった年賀状の返事は手書きを余儀なくされた。
 女房の家事を軽減しようと買った食器洗い機は排水機構が故障し、正面の扉を開けていないと排水しなくなった。食器を洗う度、台所には蒸れた空気が充満するようになった。

 とまぁこんな具合なので、保証のきかないバルクのドライブを買ったらきっと、あっという間に壊れるに違いない。そう思えて仕方ないのだ。

 秋葉原を徘徊するようになった頃、わざわざ秋葉原のショップより値段の高い量飯店で買い物をする人の気持ちが理解出来なかった。
 そんな自分が今では、半日かけて秋葉を歩き回るぐらいならビックカメラでポイントと保証をつけてもらった方が良いや、と思うようになっている。
 これが「歳をとる」という事なのかもしれない。

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2004.05.04

これであなたも棋譜コレクター

 UGI から SGF への変換ソフトを見つけた。
 これで日経や産経の棋譜が、再生しながら CLIE に入力しなくても SFG に変換できる。
 助かるわ~。

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2004.05.03

報われぬ努力よ……

 名人戦の棋譜が、ネットにあった。
 まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。朝日新聞のWebページに、特に再生ソフトをインストールするまでもなくIEで見たら再生できる状態で置いてあった。
 これを一手ずつ再生しながら、Palmで入力する。これで、SGFファイルにする事が出来る。

 今まで新聞の棋譜を切り抜いてノートに貼ってたあの努力を思うと脱力するが、逆に言えば21世紀にもなって新聞社主宰の棋戦に関する棋譜をネットで探してなかった、という方が(業界人なら特に)変だとも言える。

 そんなわけで、スクラップブックとはお別れである。

 ついでに産経新聞のもチェックしたが、こっちは専用ソフトをインストールする必要があった。インストールしたら、デスクトップに「産経ネット碁会所」なんてアイコンが出来てやがる。
 同じ物をインストールしたいけど産経新聞が嫌いという人は、毎日新聞読売新聞でも同じソフトを提供してるので、そちらからダウンロード・インストールする事をお勧めする。結局のところ、どこもパンダネットが提供しているソフトに各新聞社のガワを被せただけのようだ。
 ちゃんと他社の棋譜も見る事が出来るのでご安心を。
 実際に私は、産経新聞からダウンロードしたソフトを使って、日経新聞のWebページで提供されている棋譜を見ている。

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2004.04.30

ガス抜き

 明日はゴールデンウィークで土曜囲碁教室もお休みなので、ちょうどよい機会だからとM師匠を呼んで酒盛りをした。
 M師匠はもともと秘密結社の構成員だったのだが、今は抜け忍みたいな状態になっている。なんだか悪い物が身体に溜まっているようなので、そ~ゆ~のは抜いちゃいましょう、という企画である。なお、抜き方は「酒を飲みながらオタク話をすること」である。そこらへん、勘違いしないように。

 夜十時、M師匠到着。M師匠は釣り師なので、釣りのお土産がたくさん。息子はシャア専用ゲルググに、私はマットジャイロに燃える。

 あれこれとDVDをとっかえひっかえ映しては、濃ゆい話を積み上げていく。残念だったのは、私がトレッキーじゃないのでM師匠のそっち方面についてのガス抜きが出来なかったこと。今度機会があれば、トレッキーな人も呼んでこの企画をやりたいと思った。

 さすがに歳には勝てず、午前二時に全員沈没。

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